「通りすがりですが様」から以下のコメントを頂きました。有り難うございます。
地域のことを考えておられて良い意見と思われることもあれば、的外れな意見と思われる内容もあるのに、何かもったいない思いをしながらみております。
たとえば今回の教室稼働率の件ですが、単純に既存教室の利用率が充足しているから必要ないかというとそうでもない部分があります。
学生の授業の満足度を上げるべく従来より少人数での授業を展開させようとすると、従来より多くの教室という枠を用意する必要があります。
また、授業が10個あったとして10個の部屋しか用意していなければ、時間割変更等に対応ができなかったりするので、余裕のある形で教室を用意することになります。
建物の建て方は個人の主観の問題なので私は言及しませんが、教室貸し出しへの意見には異論があります。
たとえばベンチャー棟について。
稼働率が低そうなことを問題としてあげようとしているようですが、ベンチャーというのは元々はこれから育成しようという思惑から施設などを用意しようという思惑から準備するもの。
当初から100%の利用率はあり得ないもので、だんだんと利用が増えて来ているのなら当初の思惑は達成してると思われます。神戸のこれからを引っ張る企業が生まれる可能性もあるベンチャー。ここを攻撃するのはどうでしょうか?それならば、既存の別の教室の稼働率を精査する等別のところに注意を向けるべきです。
しかも、本当の稼働率がわからないのに電灯の明かりで論じる等もってのほかです。きちんと事実に基づいた批判を展開しましょうよ。だから、神戸大学にまともに取り合ってもらえないのです。
>なので、教室貸し出しという記事を見ると、やはり余ってるのだという印象を持ってしまうのです。
教室の貸し出しを行うと、当日管理する人の人件費や、事務手続きを行うものの人件費等がかかるので本来貸し出しを行わない方が、大学としては無駄な経費がかからないはずです。(利用料を取ったとしても割が合わないサービスです)
地域貢献の目的で行っているものです。地域の人の役に立ってはないのですか??
>「予算が下りればとりあえず建てる」という発想はいかがなものでしょうか?
本当に必要な建物だけを建ててほしい、税金を無駄使いしてほしくないと思うのは私たちだけでしょうか?
必要だから予算を請求するのです。
他の大学の事業を国が天秤にかけたうえで予算をおろしているのです。何が問題なのでしょうか?
もし責めるのであれば、神戸大学ではなく予算の認可している文科省や財務省に言うべきだと思います。 「既存教室の利用率」について
1.既存教室の利用率が充足していても教室の用意は余裕を持って用意されるべき
2.学生の満足度をあげるために、少人数での授業展開が必要
とのご指摘、その通りと思います。
ただ「電灯の明かりで論じるのは、もってのほか」には反論を申し上げたいと思います。
電灯の明かりで稼働率を論ずるのがなぜいけないのでしょうか?
私は、神戸大の教室の稼働率を把握する立場には元よりなく、近隣の者として、次々と建つ新校舎にあまり電気もついていない建物もある事から「ほとんど使用されていないのでは?」と疑問を持ち、提言させて頂きました。
「電気がほとんどついていない」という「きちんとした事実」に基づいて述べたのです。
誰にしろ、何年もの間、「真っ暗な校舎」を目の前にしていれば「ほとんど使っていないんじゃないの?」と思う方が自然でしょう。
ベンチャー棟は、新築当時、室外機からものすごい騒音を出し、近隣からのクレームを受けて大学側が改善した経緯があります。屋上も、近隣への事前説明と全く違う仕様で、しかも醜い室外機が立ち並ぶ異様な姿に、これも追って抗議、囲い(残念ながら不細工)で覆ったという、我々側から云えば問題が多かった校舎であります。
で、その上に「電気がつかない真っ暗な校舎」とくれば、「今すぐ必要なかったんじゃないの?」「デザイン、騒音対策なども熟考した上で、近隣や大学校内と調和した校舎を建てるべきだったのではないの?」と感じてしまうのです。
「通りすがりですが様」は「これからの神戸を引っ張る企業が生まれる可能性のあるベンチャー棟」を攻撃するのはどうか?」と書かれておりますが、それはまた違う問題でしょう。
こういう言い方は、失礼ながら、典型的な「日本的官尊民卑的発想」だと思います。
「我々は高邁な研究をしているのだから、一般市民はだまっとれ」的なお上的発想、旧国立系大学の典型的な官僚のにおいがぷんぷん致します。
研究はもちろん大学の仕事でしょう、一生懸命されたらいいと思います。まして我々の税金で成り立っている部分もあるのですから、それこそ「神戸を引っ張るベンチャー企業を育てて」もらわないと困ります。一納税者として、成果を市民に具体的にお知らせして頂きたいくらいですよ。
ただし、「知的リーダーたる、未来の日本を担う」大学は
これだけ(研究)でいいですか?
「建物の建て方は主観の問題」とおっしゃいますが、周辺市街区環境と調和を図り、ビルを人の目線にもやさしい圧迫感のない高さにし、周りには樹林を造成するなど、緑あふれるキャンパスを創造する事も重要な事ではないですか?
神戸大学の「文・理・農学部」の校舎群は、どう考えてもそれとは反対の方向へひた走っている様に感じられます。
高さバラバラの統一感のない施設群、屋上緑化の時代に室外機をずらずらーと並べ、指摘されれば不細工な覆いで囲う場当たり的対処。
正門近くにせせこましく建設される新校舎「自然科学研究棟」は、我々の「正門近くで、直接目に入る位置ではなく、農学部西隣の空き地に建設を」との要望にも「隣の校舎と行き来しやすい」との理由で聞き届けてもらえませんでした。
研究者の建物同士の移動は、通信ネットワークの代替等で可能な部分も多いでしょうし、西隣の空き地とて徒歩2〜3分くらいで移動できる近さなのですけどね。
景観より、日々の便利さを優先させたという事でしょう。
新校舎は、生命やバイオ関連の研究に充てられると聞いています。そういう事であればなおさら環境、景観にも配慮し、海外からの訪問者も多い国際性を常々唱えられている立場からも、様々な来訪者に恥ずかしくない、神戸市民が誇れるようなキャンパスを目指して頂きたいと思います。


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